第3講 「天の父母様を中心とする信仰と文化」(金玫志教授)
(1)はじめに
天の父母様(神様) は、「人類の真の父母」を遣わすために、韓民族を「選民」として立てられ、歴史的な準備をしてこられました。 そして、「真の父母」が来られた後は、真の父母様から「祝福」を受け、本然の血統に連結された祝福家庭が選民になるというのです。
では、韓民族を選民に立てられた天の父母様の願いは何でしょうか?
それは、「人類の真の父母」を遣わして、「祝福」によって本然の血統に連結された祝福家庭が、その天の祝福を世界の人々に伝えて人類を救うことです。そのために、祝福家庭は子女を育て、祝福家庭のアイデンティティーの核心的な理想や伝統を二世、三世たちに伝え、天の父母様のみ旨を相続させていくのです。
(2)韓民族が持つ「待望思想」について
第3講のテーマは「天の父母様を中心とする信仰と文化」 です。 韓民族が歴史的にどのような信仰と文化を持ってきたのかを紹介します。
韓民族の信仰を見ると、最も大きな特徴として表れるのが「待望思想」です。 「待望思想」とは何でしょうか?
韓民族は宗教心が篤く、歴史的に宗教を受容し、よく信じてきた民族であるといえます。
どの宗教が入ってきても受容するのですが、 そこに共通に表れる特徴があります。それが「待望思想」です。
「待望思想」は、とても重要な内容です。 現在、私たちが生きている世界は“何かが間違っている”というのです。間違ったこの世界に終止符が打たれ、やがて新しい理想世界が開かれていくことを待ちわびる思想です。
では、新しい世界はいつ開かれるのでしょうか?
それは、私たちが死んでから“天国〟に行くという話ではなく、この現実の世界、私たちが生きている地上世界において、何かが変化するということです。すなわち、新しい人(救世主)が現れて、理想世界が訪れるという、そのような「待望思想」を韓民族は持ってきたのです。
①仏教における「待望思想」
例えば、仏教を見ると、仏教には開祖の釈尊がいます。一方で、将来、新しい世界に来る釈尊が他にいると考え、待望するのです。それが誰かというと、弥勒仏です。
この弥勒仏は、未来において、末法(終末)の世に民衆を救う仏として現れるというのです。仏教が伝来して広まった他の国も、それを待望していますが、韓国では、弥勒仏を待つ「弥勒仏信仰」がひときわ発達しました。韓国のお寺には弥勒仏があるのを見ることができます。
②儒教における「待望思想」
儒教においてもそうです。 儒教では「君子」という存在について語ります。「君子」とは寛大であり、博愛精神を持ち、他のために生きる人のことです。そのような良心に従って実践する人が現れるのだと期待し、重要視してきました。
また、儒教に従う人々は何を強調したのかというと、「修身」(注: 身を正しく修める)です。良心とおりに生きる努力をし、「君子」にならなければならないと強調したのです。
このように、他人に対して寛容さを持ち、愛を実践しようと強調した国家が韓国なのです。ですから、中国も「韓国は君子の国である」と強調したというのです。
聖人になる人を「君子」と言います。良心に基づく生活をし、「天を仰いで恥ずかしさ今ってはいけない」という人が君子です。天が各個人に与えた天命を受容しつつ、天の願いに従って生きる人のことです。そのような、天のみ意に従って生きる君子になるべきだと話したのです。
韓国の儒教は実践的であり、道徳が強調されてきました。これが、韓国の政治思想の根本にもなりました。

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