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第2講 「天の父母様が選んだ韓民族とそのルーツ」(安妍姫教授)

(1) 選民大叙事詩の「叙事詩」とは何か?

①「神話」と「歴史」の違い

まず、「韓民族選民大叙事詩」のタイトルにある「叙事詩」の意味を説明します。 私(安妍姫教授)はソウル大学で宗教学を専攻し、神話などの内容も学びました。宗教文化における「叙事詩」が持つ意味を簡潔にお話しします。

「叙事詩」とは歴史でしょうか? それとも神話でしょうか? 第一講で李基植事務局長が、これを人間による) 歴史と捉えてはならない”と語られたと思います。宗教の歴史には、神聖な物語である「神話」があります。神々が世界を創造し、この世界の秩序や経綸にどう関わっているのかを、その神聖な物語である「神話」を伝承しながら、信仰内容や儀礼として表現しているのです。

一方、私たちは「歴史」というものを知っています。歴史は人間の物語です。人間が何をしたのか、ということです。その「歴史」を築いた行為者は人間です。神々が歴史をつくる行為者として登場することはありません。人間が目で確認し、記録を通して語る人間の物語が「歴史」なのです。

一方、「神話」は神々の物語です。 神話には、神格化された人間は登場しますが、「神話」の主人公・行為者は神々です。

②「叙事詩」について

では「叙事詩」とは何でしょうか? まさに、神々が人間の歴史にどう関わったかを述べ、その中で人間も共にあってつくられる物語が「叙事詩」なのです。

どの宗教が最もふさわしい叙事詩(伝承)を持っているのかと言えば、ユダヤ教です。ユダヤ人の全体の歴史を見ると、彼らが国を持った時期は非常に短いことが分かります。国を失い、迫害を受けるディアスポラ(離散の民)の状態で信仰を守った民族です。

旧約聖書やユダヤの歴史を研究した、ハーバード大学のフランク・クロス(1921~2012)という著名な学者がいます。 彼は、叙事詩こそがユダヤ人の宗教的表現を最もよ

く示す様式だと言いました。それは、ユダヤ人は「歴史」と「神話」を区分しないからです。歴史の中に神が臨在し、役事されると信じる宗教なのです。ユダヤ人は「叙事詩」の様式を通して天地創造から現代までのユダヤ人の歴史を、神が選んだ「選民史」として信仰告白をするのです。

では、神がユダヤ民族を選民として立てたそのみ意について、彼らが「告白」したのはいつでしょうか? 旧約聖書は「創世記」から始まりますが、歴史的記録としては「創世記」ではありません。それは「出エジプト記」という脱出記から始まるのです。

しかし、その脱出記の記録さえ、その周辺諸国で書かれた歴史書にはないのです。 旧約聖書に関わるこの話は、実証的な歴史書には記録がありません。

ところで、南朝ユダが滅亡した後、バビロン捕囚が起こりました。バビロンの大帝国(新バビロニア)の栄光の中で、ユダヤ人は“暮らし”をしていました。神が祝福した民族なのに、暗鬱で絶望的な中で、天地創造の神がユダヤ民族の神として、その先祖 (族長)を通して我々選民とされた〟と告白するようになったのです。それによって、天地創造から今日までのユダヤ民族史を信仰告白するのです。それが旧約聖書(モーセ五書)に出てくるユダヤ民族の話です。これこそ代表的な「叙事詩」です。

天の父母様は、悲惨で弱々しく見えるユダヤ人を選んで、彼らを通して人類を救う摂理経綸してこられました。 それを“信仰告白”によって歌い上げたのです。彼らはバビロンの川辺で歌(詩篇137篇)を歌いました。

「叙事詩」は、なぜ必要なのでしょうか? ユダヤ民族が「叙事詩」を通して信仰告白をしたように、今日に至るまで、天がどのように役事して 「韓民族」を導かれ、この場を準備しておられるのか? その信仰告白を、理性的な言語ではなく、歌のメロディーのようなストーリーを通して示すのが「叙事詩」です。

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