(3)韓民族が持つ「孝」について
次に、このような宗教が、いかなる文化を築いてきたのかを見てみようと思います。
韓国文化で最も代表的なものが「孝」です。孝を簡単に言うなら、親に孝行することです。家族や社会の根幹にある「孝」の文化は、人類の根幹になるものでもあると考えます。
韓国人が、「孝」に関して重要であると考える内容が”自己犠牲”です。子女は、自分を犠牲にしてでも父母に侍ろうとします。 父母を愛するために、自分を犠牲にして愛そうとする心が、韓民族の考える「孝」なのです。
例えば、父母が亡くなれば、子女は3年間、父母のお墓の前に小屋を立てて生活します。父母の生前、立派に侍ることができずに父母が亡くなったため、自分は罪人であるとして、毎日、お墓の前で挨拶をしながら「侍墓(シミョ)生活」をするというのです。
それゆえ、真の父母様に侍る「孝」の姿勢とは、合理的で理性的に考える水準ではありません。その理想は、韓国が伝統的に受け継いできた「孝」であるというのです。
皆さんは「沈清伝(シムチョンヂョン)」をご存じでしょうか? 韓国の入試の際には論述問題があるのですが、一九九八年頃の試験で、お父さんの目を開かせるために印塘水(インダンス)(海)に身を投げた沈清の行為について、孝か否かを論述せよという問題が出ました。
お父さんのために自分を犠牲にするので、当然孝行だと思います。しかし、普通に考えて、親は子女に対してこのように孝行せよと言うでしょうか?
「私のために死ぬべきだ。それが孝だ」 とは言わないでしょう。健康でいて、偉い人になることが孝であると、そのように話すだろうと思います。
沈清が父を助けるために印塘水に身を投げることが、果たして「孝」と言えるのか、そんな論述問題が出るほど、韓国で「孝」は重要なのです。
「孝」とは、私の父母という存在がおり、その肉身の父母が何かをしてくれたので、何かをお返しするということではなく、父母は私に命を与えた根源、根本であるため、その親のために生きることは当然のことであると、韓国人は伝統的に教育されてきました。 そのため、沈清のような話がたくさんあります。
これは、天の父母様が韓民族に下さった「孝情」の心であり、先祖を遡れば、その根源に天(天の父母様)がおられるということです。ですから、自分の命の根源を愛する心が重要であるということです。
「孝情」とは、韓民族が持っている気質なのです。
(4)韓民族が持つ「純潔」と「貞節」の文化
韓民族のもう一つの特徴は、その血統のルーツを見ると、DNAが同じであるということです。韓民族はDNAの一致度が高いと言われます。これは「純潔」と「貞節」の文化を強調し、その血統を維持しようとしてきたからだと考えられます。
韓国には、女性に重んじられた「純潔」と「貞節」の文化があります。 純潔を大切に考え、命を懸けて純潔を守らなければならないという教育を幼い頃からしてきたのです。
純潔や貞節は、誰のため、何のための純潔、貞節かと言えば、天に対して恥ずかしくない生活をするためです。 天の前に恥ずかしくない私になるために、純潔と貞節を守らなければならないという教育を受けたのです。
そのため、韓国の女性は純潔、貞節を大切にします。子女教育では、良心に従って生きるべきことを強調し、立派に育っていくよう努力したのです。歴史を見ると、申師任堂(シンサイムダン)(1504~1551)、韓石峯(ハンソクボン)(1543~1605)の母親がそうです。また、実在する人物ではありませんが、春香(チュニャン)もそうです。物語を見れば、自分の貞節を命懸けで守ったことが分かります。
韓国の女性が強くなったのには、理由があります。 純潔を守り、良心に従って生きる文化があったからです。 韓民族が純潔と貞節を重んじたのは、家族関係を大切にし、家族愛を考えたからです。
韓国と日本の「家族」の違いについて書いた論文で、日本と韓国を比較するものがありました。日本は家族を「家」と呼びます。韓国は血統が同じであってこそ家族と呼び、血統を重んじます。日本の場合は「家門」といって、血縁関係もさることながら、同じ共同体を築いて暮らすという側面が強調されるというのです。
韓国においては、孝道の文化、家庭の文化、夫婦の文化、子女育成の文化が強調されるのですが、それは血統を貫く考えて、家族の愛によっていかなる状況をも解決し、克服しようとする気質があったからだというのです。
では、祝福家庭はどうでしょうか?
子女に「勉強しなさい」と言わなかったとしても、恐らく 「祝福を受けなさい」と言うのではないでしょうか? それは、祝福家庭の血統を守ろうという心があるからです。韓民族の持つ特性が、 祝福家庭に継承されていると言えるのではないでしょうか。

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