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補助教材の出版に当たって

2025年1月1日、「韓民族選民研究院」が開院しました。 その目的は、天の願いである、「韓民族選民大叙事詩」を広く啓蒙することにあります。

私たちが知っている代表的な叙事詩と言えば、旧約聖書の創世記です。 創世記1章2節には「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された」とあります。これは、神の中に男性と女性の性があることを述べているものです。創造原理に 「神における陽性と陰性とを、各々男性と女性と称するのである」(「原理講論」4ページ) とあるとおりです。

また、神はアダムが一人でいるのは良くない” (創世記21)と言われ、エバを造られたとあります。ゆえに、ユダヤ教では神を男性と考えますが、その神の中には父性と母性、すなわち男性の性質と女性の性質があると説いているのです。

ユダヤ教では、独身者を不完全な存在とみなしており、ラビ(祭司)には結婚をする義務があります。また、聖霊を表すヘブライ語の「ルーアッハ」も女性形です。

ところがキリスト教では、ユダヤ教と違って聖霊を男性と考えます。また、カトリック

の聖職者は、ユダヤ教のラビと違って独身を貫きます。 ここにユダヤ教とキリスト教の“断絶”が起こっています。

二千年前に独り子・イエス様は「わたしを見た者は、父を見たのである」(ヨハネ14.9)と言われました。 前述したように、創世記には神のかたちに (人を)創造し、男と女とに創造された”とあります。また、み言に「『男性』という言葉も、女性を先有(前提)条件として出てくる言葉です」(1992年5月1日) とあるように、「独り子」には「独り娘」が必然的にいなければならなかったと言えます。しかし、当時の摂理的中心人物たちが責任を果たせなかったため、「独り娘」は顕現しませんでした。そのため、キリスト教では神を「父(男性)」のみと考えるようになり、神観から女性(母性)の概念が消えてしまったのです。そして、キリスト教では天国が来ると男女の性別がなくなるとして、 その天国観から「家庭」の概念も消えてしまったのです。人類一家族世界というときに、その世界が家庭を基盤として成り立つことが分からない宗教になっているのです。

真のお母様は「神様は始めと終わりが同じでなければならない」と語られます。エデンの園でアダムとエバを「独り子」、「独り娘」としてペア・システムで創造された神様は、堕落により失ってしまった創造理想を実現するために、 「終わりの日」に、アダムの完成実体である「真の父」と、エバの完成実体である「真の母」、すなわち真の父母を必ず立て、その真の父母を中心とする人類一家族世界を成し遂げなければなりません。キリスト教神学では、その中心核となる「真の父母」 が分からず、 家庭を単位として、 氏族・民族・国家・世界天宙に至るという“理想世界の青写真”も分かっていません。ゆえに、創造原理を通して、神の創造理想が何であったのかを明確にしなければなりません。

今日、「私を見た者は、「天の母』を見たのである」と言い得る「独り娘」が顕現しました。その意味からして「独り娘」の顕現は、未来永劫に語り伝えるべき“歴史的出来事が起こっと言い得るものです。すなわち、真の父母を中心とした人類一家族世界を目指すに当たっその中心核となる「真の父母」が顕現したのが今の時代なのです。

この創造理想を明確に訴える内容が「真の父母論」であり、「韓民族選民大叙事詩」であることを宣言しなければならないと言えます。

このような理解の上で、本書を通して、「韓民族選民大叙事詩」の概要をつかんでいただければ幸いです。

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