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「創造の目的は何か。天の父母が基本目的であるが、「父なる神様』とだけなっており、いまだに創造目的が完成できずにいるのである。神様が父格としておられるのは、創造目的を果たせなかったことを意味する・・・・・・ (ゆえに)アダムとエバが完成して神様と合体(最終一体)すれば、父なる神様と母なる神様として完成し、天の父母が) 基本完成をする」

『原理原本』にあるように、 「天の母」の顕現によって神様が「天の父母」として完成し天苑宮入宮式の勝利は、まさしく摂理の基本完成であり、天宙的勝利なのです。

ところで、宗教の目的とは何でしょうか。 それは救済にあります。キリスト教では、メシヤ(救い主)は男性のみです。女性がメシヤになり得る概念はありません。原理は、「メシャは人類の真の父母として来られなければならない」(「原理講論』277ページ)と説きます。ゆえに「真の父(男性)」のみならず「真の母(女性)」もメシヤです。むしろ「真の母」なくして、重生による救いは成し遂げられません。

真のお母様が「真の父母論」、「韓民族選民大叙事詩」を通して示された本質は明確です。それは、真のお母様が独り娘、天の母の実体としてのメシヤであるという宣布です。 ところが、この宣布は、従来の因習的な観念にとらわれる人たちには受け入れ難いことです。この現象は、イエス様が「神は父である」と宣布したとき、ユダヤ社会で起こった現象と同じです。

イエス様が十字架に追いやられた根本的理由は、ヨハネによる福音書24章9節に「わたしを見た者は、父を見たのである」との発言を、ユダヤ社会は受け入れることができなかったという点です。ユダヤ教は、神と人間の関係を主人と僕の関係と見ているためです。

しかし、原理が明らかにしたのは、神と人間は父母と子女の関係であり、また神は父であると同時に母であるという事実です。神の中に「母なる神」、「天の母」という概念があることは、伝統的な神観では否定される傾向がありました。しかし、神は父母であり、唯なる神の中に「天の父」と「天の母」があるというのです。その神の似姿として造られた人間は、男性と女性であり、したがって、神が人間を救うために遣わすメシヤにも、男性だけでなく女性もいなければなりません。 原理の核心は、“メシヤは人類の真の父母として来られる”という点です。

真の父母として来られたメシヤによって、人類が重生することで、本来あるべき人類一家族世界が実現されなければなりません。 そして、重生によって神の血統に連結された祝福家庭が選民であるということです。

宗教における救いについて

人間始祖は、創世記にあるごとく、一人で堕落したのではなく男女 (ペア) で堕落しました。ゆえに、堕落を元返しするには、メシヤはペアでなければならないのです。その理由について、原理は「堕落した父母から生まれた人類を重生させ、その原罪を贈ってくださらなければならないからである」「原理講論」277ページ)というのです。すなわち、真の父と真の母によって生み変えられなければならないということです。そのメシヤである真の父母が、文鮮明・韓鶴子総裁であるというのです。そして、救済の方法が祝福結婚です。

その真の父母であるメシヤは、天の父母の実体として顕現された存在であり、真のお母様はその天の母の実体なのです。

これまでの歴史において、救済は男性を中心に理解されてきました。 しかし、「韓民族選民大叙事詩」と「真の父母論」は、救い主には男性だけでなく、天の母の実体である女性も存在するということを明らかにしています。

ところが、かつてイエス様が「神は父である」と宣布したことを受け入れられなかった当時のユダヤ社会と同じような現象が、今も起きてしまったのです。天の摂理の完成であ天苑宮入宮式の大勝利に対して、天宙的抵抗が起こっていると理解できます。今の真のお母様の苦難は、まさに「天宙的勝利」に対する「天宙的抵抗」なのです。

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