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父母の心情で愛する

統一教会の教会員たちは、み旨を信じて進むときに、僕の時代と養子の時代と直系の子女の時代を経なければなりません。そのような三過程を経て、自分が伝道した人や自分に従う食口を、父母が子女のために死を覚悟して愛するように愛することができなければなりません。

「私が犠牲になっても、私のあらゆる福をその人に譲り渡せれば感謝だ」という心が皆さんに自動的に起きてこそ、祝福を受ける息子、娘になることができるのです。(天一国経典『天聖経』第八篇 第一章 第四節 128)

心情は父母の心情で、体は僕の体で行動してこそ、 主人になります。 これが神様の遺業です。 これは、父の心情をもって涙と汗を流し、血を流してこそ、得ることができます。真の指導者になろうとすれば、真の指導を受けなければなりません。 天の道を行く真の父母の涙、真の父母の汗、真の父母の血を受け継がなければなりません。 伝統として残す、涙と汗と血を流さなければなりません。(天一国経典「天聖経』第二篇 第五章 第四節 4 )

いつでも、神様の愛を中心として主体にならなければなりません。 影響を及ぼさなければなりません。影響を及ぼすというのは、どういうことでしょうか。 与えなければならないということです。

与えるときには、どのように与えなければならないのでしょうか。 食べ残した残りかすを与えてはいけません。 食べ残した残りかすをあげれば、食べてからも気分が悪く、唾を吐くのです。

餅をあげるにしても、 あれこれ迷いながらあげるときは、かえってあげないよりもっと気分が悪いというのです。 五つある餅を人にあげるのに、半分くらいそのままあげてこそ「有り難い」と言うのであって、あれこれと迷ってからあげれば、世話になる人が、あとから批評するのです。

ですから、与えるときは、 神様と共に父母の心情で与えなさいというのです。(天一国経典『天聖経』第四篇 第三章 第三節3)

皆さんが、子女や孫を愛し、彼らに最高の物や最も良い家、最も良い教育、最も良い職場、平和で繁栄する人生を与えたいのと同じように、神様は、地球だけでなく霊界の全人類にまでそうすることを願われます。

そして、父母は子女の安寧のためにすべてのことを犠牲にできますが、 神様も同じです。実際、私たちが人間から発見する父母の本性は、私たちの天の父母であられる神様に由来するものです。

私たちが万民と万物に対して、 「父母の観点」を開発して実践するならば、世の中は変わり始めます。新しい光の中で、他人を兄弟姉妹、家族の構成員として見るようになります。自分の家族を利用し、 だまそうと考えることはできません。

私たちが神様の心情に近づくほど、真の父母の心情をさらに理解できるようになります。(真のお母様、二〇一五・三・一)

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