あなたの事情が分かるようにしてください
お父様、私たちの心自体をお父様のみ前に率直に明らかにして、一つ一つ問答できるこの時間となるよう許諾してください。私一人をお立てになって、お父様は心から愛してくださったのでございます。それを知らなかった私自身だとすれば、悔い改めなければなりません。この時間、本当にお父様は私を愛していらっしゃいます。しかし、私たちは、何よりも愛を受けることのできる姿にならなければならないのでございます。天地とも取り替えられないその愛の絆を、私たちの命を掲げてたたえ得る姿になるようにしてください。
そして、変わらないお父様の愛によって、これからの生涯を生きていく間、あなたが愛してくださることを分かるようにしてください。そのようなお父様のみ前に、愛の代価をこれで身代わりすると言えるその何かがあるでしょうか。過去に各自がもっていた生活環境と今まで生きてきた生活舞台においても、この場に参席した心の根本においても、これがあなたの愛の証明書であり、これがあなたに対する愛を通告する通告文だと言える、その何かをもっていますでしょうか。
もしそれがないとすれば、あなたの愛を蹂躙した者であり、お父様の愛に背いた反逆の息子、娘であり、お父様の永遠の愛をサタン世界に売り飛ばす逆賊であることを、もう一度肝に銘じなければならないのでございます。私の手がお父様に愛をお返ししたことがありますでしょうか。私の足がそのようにできる何かがありますでしょうか。私の体自体がそのようにできる内容をもてずにおり、私の心自体がそのようにできる永遠の安息の基盤になれなかったことを自ら悟るとき、お父様を愛する、お父様として侍っていける資格が一つもないという事実を感じるようになるのでございます。
このような立場におりますので、お父様に「愛しています」と申し上げることが畏れ多い自らであると、もう一度感じるようにしてください。私たちの目は、自分の理想を中心としてお父様にお目にかかろうとしたのであり、私たちの口は、私たちの知覚と知識の機能、そして知能の基準をもってお父様のみ前に事情を語り、求めることもいたしました。お父様に自分の理想を追い求めましたが、お父様は、私たちの理想の位置に立ち得ないお父様であることを思うとき、もしそれを知らなかったとすれば、悔い改めるようにしてください。
お父様は上にいらっしゃると思い、精誠を尽くし、忠誠を尽くす心をもって訪ねてまいりましたが、気づいてみますと、お父様は私たちの足の下にいらっしゃったことを自ら悟って感じ、恥ずかしい自らを隠す道がなく痛嘆する信仰を、骨髄に体験した者たちにならなければならないことを、この時間にもう一度感じるようにしてください。お父様は、人類の前に立って指導できないかわいそうなお父様になられたことを知っております。このように、落伍者のように取り残された歩みを歩んでいらっしゃるお父様、世の中に頼れるものが何もない絶望の中にいらっしゃるお父様であることを知らずに、分別なく呼び求める人々が大勢いることを知っております。
そのような立場であなたは、御自身が哀れでいらだつ立場であることを忘れ、一つの命のために死の境地を克服しながら歩んでこられるお父様であることを、私たちは知らなければならないのでございます。私たちの細胞と感情では量り知れないお父様の多くの事情が、この歴史の中に埋まっていることを体験し、その事情を示せなかった私たちは、千年、万年の恨をもっても赦しを受けられない不孝の子女であることを、もう一度悟るようにしてください。お父様の内情をこの民族を通して心の奥深く感じることができ、埋もれている数多くの歴史の秘密とともに体恤できるあなたの子女たちとなるようにしてください。
お父様、このようなお父様の事情が分かるようになるとき、その事情と向き合うのに恥ずかしい自分を発見することができ、お父様の哀れみの愛の前にこの体をすべてお捧げすることを待ち望むことができ、父母を失い、天を失い、世の中のすべてのものを失ってしまう、それ以上の悲しみをもってお父様を呼び求めることができるあなたの子女たちとならなければならないのでございます。そうでなければ、天の復帰の軌道に私たちが入ることができないという事実を、はっきりと分かるようにしてくださることを切にお願い申し上げます。
パウロはエペソの信徒たちに、「主イエス・キリストを愛する心が変わらない者には恩恵がある」と言いました。私たちがいつ変わらなかったときがあったでしょうか。私たちが十年の歳月を統一家の門の中で、お父様の心情を叫んでまいりましたが、変わるのが常でございました。一日に数十回、数百回変わる私たちでした。それほど不信せざるを得なかった私たち自身ですので、お父様が歩まれる道の同調者になれなかった過去を嘆息しながら、お父様との心情の絆を再び結んでくださいと言うことができ、倒れた姿ではございますが、お父様に向かって立ち上がることのできるお父様の子女にならなければならないことを、はっきりと悟るこの時間になることを許諾してくださるよう、お父様、切にお願い申し上げます。
お父様、この時間にあなたの愛はこのようなものだと語る前に、あなたの事情がこうであると分かるようにしてください。あなたの現在の事情がこうだと語る前に、それ以上に悲惨だった過去の事情がいくらでもあったことが分かる子女たちとなるようにしてください。私の姿を見つめるとき、お父様のみ前に恥ずかしい姿であることが分かるようにしてくださり、お父様を慰労してさしあげられる私自身になるようにしてくださることを、切にお願い申し上げます。
今回、この首都ソウルに向かって、または全国に向かって、統一の群れが新しい歴史的な標語のもとに、進軍の歩みを踏み出すこの時間をもちましたので、きょう彼らと新しい歴史的な心情の絆を厚く結んでくださり、行かなければならない方向と生きなければならない生活の指針を、彼らの心の奥深くに新たに定めることを許諾してくださるよう、愛するお父様、切にお願い申し上げます。この時間以降の残り全体をお父様のみ前に委ねますので、自ら主管してくださることを切にお願い申し上げながら、真の父母のみ名によってお祈り申し上げました。アーヂュ。(一九六九・五・二五)

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