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真のお母様は、さらに次のように語られました。

「天一国聖画を見たら、韓民族選民大叙事詩を見なさいというのです。そのようにつながっているのです!」(2024年9月16日)

形状的には、天苑宮の内容もありますが、その性相的部分として「天一聖画」、「真の父母論」、「韓民族選民大叙事詩」が互いにつながっていることを、真のお母様は明確に語られたのです。天一聖画白書 (解説文)の内容についても、お母様は”「真の父母論」と「韓民族選民大叙事詩」の視点から整理するように”と語られました。

(2) 「韓民族選民大叙事詩」とは何か? 教育が出発した過程について

「韓民族選民大叙事詩」の教育が出発していったその過程について説明します。

真のお母様は2024年5月、ヨーロッパに行かれたときに、アルフォンス・ミュシャ(1860~1939)の「スラブ叙事詩」をご覧になりました。 そして、「これ(叙事詩)を韓国でやる人は誰もいませんか?」とお尋ねになりました。

「韓民族選民大叙事詩」の名称も真のお母様が決められたのです。私は召命を受け、その願いに従ってお母様の最近のみ言を整理しました。私が、「これはどのような意味があるのだろうか?」と探究し、み言を整理する中で気づいた内容を、以下、お話しします。

①天の父母様による「摂理」と「選民」について

第一に、「韓民族選民大叙事詩」とは何かを考えるとき、それは”摂理史の観点”から理解すべき内容であるということを強調しなければなりません。真のお母様は、「韓民族選「民大叙事詩」の構想を企画して持ってくるように願われました。 私が突然呼ばれて、その内容を整理してご報告すると、お母様は「その内容は正しい」と言われました。 そしてそれを摂理史から見つめるべきである”と強調されました。

「韓民族選民大叙事詩」の大前提は、歴史の主体は「天の父母様」であり、その摂理の経綸の主体は「真の父母様」であるという点です。 すなわち、「韓民族選民大叙事詩」は、そのような視点から整理して理解すべきものなのです。

第二は何でしょうか。真のお母様が「韓民族選民大叙事詩」を通して表そうとされる意志は明確であり、これを一般的な文学として見てはならないということです。文学的な“大叙事詩”の形式を取ってはいますが、これは真の父母様の”摂理的な宣布”であると見るべきものです。

摂理的な観点から見ると、真のお母様は、聖書に啓示された唯一神観と、韓民族の一般的な歴史観とを統合させた視点から、「韓民族選民大叙事詩」を整理しておられるのです。そうしてこそ“天の摂理〟を韓半島と連結して説明できるのです。

その次に、「選民」についてです。 韓民族は、天の父母様の選びによって「選民」として立てられました。この「韓民族選民大叙事詩」は、大きく二つの選民の概念について説明しています。

一つは、摂理史の目的は「真の父母」の顕現にあり、その「真の父母」が顕現するために”エデンの園”に一男一女(アダムとエバ)が創造されたように、人類は独り子と独り娘を迎えなければならないということです。すなわち、人間始祖のアダムとエバの代わりに、勝利した人間始祖の立場である「人類の真の父母」が現れなければならないということです。

二千年前、ユダヤ民族の基盤の上に独り子・イエス様が誕生しましたが、 「独り娘」を迎えることができず、イエス様は「真の父母」になることができませんでした。 二千年前

に迎えることのできなかった「独り娘」 の誕生のため、天(天の父母様)によって予め準備されていたのが韓民族なのです。その「韓民族選民」という選民の概念が、 まず一つです。

もう一つの選民の概念は、人類歴史の目的である「真の父母」が顕現した後の、天一国時代における「選民」 です。 それが誰なのかといえば、真の父母様から「祝福」を受けて天の血統に連結された個人、家庭、氏族、民族、国家が、天一国の選民であるということです。

以上の二つが、大きく見た選民の概念なのです。

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