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なぜ、そうまでしなくてはならないのでしょうか。 それは自分が完成するためです。人々を救うというよりも、自分が立てた蕩減条件で自分が救われるのです。すなわち、自分のためのホームチャーチなのです。

皆さんはそれらの人々のために、何か良いことをしてあげていると思っているかもしれませんが、決してそうではなく、彼らのほうこそ皆さんのために良いことをしてくれているのです。完成するのは彼らではなく、皆さん自身なのです。そして人々がサインすることによって、皆さんはホームチャーチの試練にパスするのです。

ホームチャーチは誰のためにするのですか。 結局、先生のためにするのではなく、自分のためにするのです。 もし自分の肉体が行きたがらないときには、「こら!」と一喝して、肉体を蹴飛ばしてしまわなければなりません。 それでは誰が自分を蹴飛ばしてくれるのでしょうか。 誰もそれをしてくれません。 皆さん自身が自分の肉体を蹴飛ばさなければならないのです。(一九八二・一・一)

ホームチャーチは、あなたたちが自らを生きた供え物として、神に捧げるための神聖な祭壇です。 これは天宙的な祭壇となることでしょう。もし、あなたたちがそこで正しく一つの供え物を捧げたとしたら、全天国を継承しながら、全世界を捧げていることになるのです。 それがホームチャーチの基準であり、あなたたちの責任分担の試練なのです。

あなたたちのホームチャーチである三百六十軒は、あなたたちの愛の実践の場であり、奉仕の場であり、礼拝の場であり、祈祷の場なのです。 そして、お金を稼いでそこの人々にごちそうして、お世話をして、教え、闇から光へと目覚めさせるのです。

最終的には、あなたたちはホームチャーチのエリアでメシヤとして認められるでしょう。ホームチャーチに対しての氏族的メシヤなのです。(一九七九・一〇四)

地域を愛する心構え

皆さんが、家庭教会で何をするのかというと奉仕です。 肉体的に奉仕し、精神的に奉仕し、愛で奉仕しなければならないというのです。

それは再創造です。 再創造するのです。そうして、そこで皆さんがどのくらい血と汗を流して多くの時間を投入したのか、それによって皆さんを歓迎する基準が変わるのです。(一九七九・一二二)

自分が天国に行くためにするのではなく、天国に送るためにするというのです。自分が祝福を受けるためにするのではありません。考えが違います。 ですから、犠牲、奉仕、真の愛でなければならないということです。

家庭教会をする伝統的思想の内容は、犠牲、奉仕、真の愛なのです。 そして、私の国もあなたの国もありません。ここで歓迎されてこそ、全天地が歓迎するのです。(一九八二・二・二八)

家庭教会を中心として教えてあげ、手本にならなければなりません。 皆さんが手本となり、すべて見せてあげなさいというのです。

家庭教会を勝利することによって神様の主権が生じ、国民が生じ、地が生じます。 愛を中心として実績をもった人にならなければなりません。 思想で、努力で、愛で主管しなさいというのです。

皆さんは、教えてあげる能力がなければなりません。その次に、努力です。 実績をもった人にならなければなりません。その次に、愛を中心としなければなりません。その次には、神様が管理できる人にならなければなりません。(天一国経典「天聖経』第九篇 第一章第二節10)

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