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天の父母様に似た夫婦となる

自己を主張し自己防御第一主義の態度を取るのが堕落した世界です。これからは保護主義時代です。方向が違います。夫は「妻が幸せでないのは私の責任です」と言い、妻は「夫が幸せでないのは私の責任です」と言うのです。

その責任追及において咲かなければならない花が愛の花です。その愛の花は自己を主張するときには咲きません。互いに生命線まで越えてために生きようとするときに花が咲くのです。花が咲くことによってその花の色と香りを訪ねてくるのが天使世界であり神様なのです。(一九九九・九・一〇)

一番耐え難いこととは何でしょうか。愛し合う人同士互いに恨が積もることです。これ以上に耐え難いことはありません。アダム家庭から不和の種が蒔かれることによって始まった家庭は偽りの父母によって始まったので不和が宿っている家庭はサタン世界の家庭であり平和が宿り和合が宿っている家庭は天の世界の家庭です。このように反対だというのです。

不和の固まりの家庭がサタン世界の中心になります。サタン世界の中心とは何かというと悪です。不和の固まりは毎日のように争うのです。このような家庭を中心として見ると父母が互いに相入れません。夫婦同士互いに相入れないというのです。(天一国経典『天聖経』第五篇第三章第一節16)

夫たる人は妻の前に神様よりさらに素晴らしい方だと記憶されなければなりません。妻から「私は神様を見ることはできなかったが私の夫を通して神様に出会った。純粋な愛とは何か分からなかったが夫を通して純粋な愛がどのようなものであるかが分かった。また夫を通して兄の愛がどのようなものであるかが分かった。また夫を通して兄弟の愛が分かった。夫はすべての愛を教えてくれた張本人である」と言われる男性にならなければなりません。

またそのような母の代表であり新婦の代表であり姉の代表の心情を誘発できる愛の絆を体得しながら生きていく男性にならなければなりません。そのような教育を受け「そのような教育でなければ窒息する」と言うほどそれが生活習慣となってどの社会においても年配の人に接すれば「私のおじいさんおばあさんであり私のお父さんお母さんであり私のお兄さんお姉さんである」と考えられる心情をもたなければなりません。

そのような心情が世界の至る所で普遍化しそのような家庭における心情が普遍化する環境が広がる所であればそこは間違いなく天国です。(一九七一・一一・二一)

神様の愛の本質と和合できる内容を備えなければ善にはなり得ません。愛は自分が主体的な立場を強調するものではありません。対象的な立場を強調するのです。自分を主張していては行くことができないのです。「私」一人孤独になれば国の主人にはなれません。必ず相対的価値を決定しなければなりません。

男性と女性は必ず家庭で公認を受けることができる人にならなければなりません。これが理想天国における組織の根本思想です。

男性が女性に絶対的な公認を受けることができなければ理想世界で絶対的な公認を受けることはできません。一人の女性に世界的な価値を公認されない男性が世界的な価値の世界を迎えるというのは矛盾です。そのような価値の世界を堂々と迎えるのに不足のない人そのような家庭の主人公にならなければなりません。その家庭は二つではなく一つです。

その家庭は主体になって氏族のために犠牲と克服の生活をしなければなりません。その目的は自分に置くのではなく相対に置くのです。(天一国経典『天聖経』第三篇第三章第二節1)

祝福は人に福を分けてあげるためのものです。夫婦はお互いに心の母、父にならなければなりません。世の中の人たちが「私たちもあなたたちの家庭のような家庭をつくりたい」と言うようにしなければならないのです。(天一国経典『天聖経』第五篇第二章第二節253)

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