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統一教会が家庭教会を主張でき、立てることができるという事実は、神様にとっても、人類全体にとっても重要なことです。本来、アダムとエバが堕落していなければ、神様を中心として一生の間、愛の中で息子、娘を生んで暮らし、地上生活が終わって霊界に入っていけば、次はその子孫が続いて入っていき、またその子孫が続いて入っていけば、その血統的子孫がアダムとエバを中心としてすべて天国に行くようになっているのです。(天一国経典『天聖経』 第九篇 第一章第一節1)

皆さんは、死ぬ時まで、父母を慕いながら涙を流さなければなりません。生まれる時も泣きながら生まれ、生きるのも泣きながら生き、父母のために会うたびにうれしくて涙す生活をして、逝かなければならないというのです。そうしてこそ、死んで天国に行きます。それが原則です。それができなかったので、今日、真の父母が現れ、その運動を再現して立て直し、そのような条件を立てたことによって天国に行くのです。

家庭教会は天の国の始まりです。天宙主義は真の父母主義です。ですから皆さんも、真の父母主義を中心として、皆さんの家庭と一族をそのようにしなければなりません。 それが家庭教会です。

家庭教会は、「私」を中心として家庭、 氏族、このように三段階です。蘇生、長成、完成です。 氏族がなくては国家編成ができません。ここから国が生じるので、私たちは氏族的メシヤという名をもって、家庭教会運動を始めたのです。これは天国の始まりです。 それでは、皆さんは、父母様とどこで出会うのですか。 家庭教会に行ってこそ、出会うというのです。(天一国経典『天聖経』 第九篇 第一章第一節10)

天国はどこにあるのでしょうか。「心にあり、私にある」と結論を下さなければなりません。心の天国があったのちに、体の天国がなければなりません。体の天国があったのちにこそ、家庭教会、家庭の天国が成就されるのです。その天国は、サタンが讒訴できず、サタンが生きることもできません。サタンの活動が許されない所です。

「天国が私の心と体にある」と言える人にならなければ、環境天国をもてません。 家庭教会は、環境を中心とした天国を意味します。 家庭教会の基地はどういうものでしょうか。家庭教会の基地が、皆さんの天国として許されるのです。環境とは、家庭教会を中心とし国と世界が連結されたものなのです。(天一国経典「天聖経』 第九篇第一章第一節13)

先生が統一教会に残してあげた宝があるとすれば、家庭教会です。 家庭教会は、先生が一生の間、犠牲の道を歩んで残してあげた宝です。教会員に残してあげられる宝とは何でしょうか。 統一教会の権限を天地から、サタンと神様から、堂々と相続できるというのが宝です。

家庭教会が完成するときは、統一教会という名称がなくなります。 家庭教会未完成圏には神様の摂理があるかもしれませんが、「私」自体で成し遂げられた家庭教会圏内には、神様の摂理や宗教はありません。そこは、天国人が住む所です。

それでは、三百六十軒とは何でしょうか。 それが全人類の理想型と同等になるためには、少なくとも十二地域、十二カ国の民族がそこに集結していなければなりません。(天一国経「天聖経』第九篇第一章第一節14)

救国救世基盤の造成

皆さんが外に出て修練をし、み旨を中心として熱心に活動した新しい習慣性をもって、その町全体を変革しなければなりません。神様が、何もない中で御自分のすべてを投入し愛の対象圏をつくったように、皆さん自身を投入しなければなりません。必ず一つに一致させなければなりません。

皆さんの故郷の人々の中で、誰よりも最高の位置にまで行けば、霊界が協助するのです。(一九八八・六一五)

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