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心と体を統一させるにも、 愛がなければできません。 父母が子女を愛するときは、自分のおなかをすかせることも、苦労することも、ほろの服を着ることも自ら行い、あるいは願わない所も自ら行きます。 このような愛の道には、心も体も統一的な方向を備えていくので、この道だけが統一の要因であり、統一の方案です。

これを自分の生活路程の基準とし、生涯の標準として定めていけば、皆さんは滅びません。それは先生が保証します。(天一国経典「天聖経」第八篇 第二章 第六節2)

問題は自分自身にあるのであって、社会にあるのではありません。 私たちの家に問題があれば、兄が悪く、姉が悪く、 父が悪いのではなく、 自分が悪いからです。 自らを正しく立ててから、人を批判する第二、第三の基準を立てなさいというのです。

自分が一つになってこそ、堂々と一つになった世界で暮らせるのであって、自分が一つになることができなかったのに、全体が一つになったところにどうやって加わりますか。自動的に後退するようになります。

ですから、心を踏みにじり、心を無視し、心を疲れさせて、気をもませる体が主人になってはいけません。 体を主管して、心のようにために生きられるようにする「私」になったときには幸福が訪れます。 ここに神様が臨在するというのです。

それで「家和万事成」といいました。 私の家、私の個人が安らかになるには、心と体が一つにならなければならないのです。 天一国経典『天聖経』第五篇 第三章 第一節21)

皆さんは、個人の心と体を一つにしなければなりません。その次には、夫婦の統一です。 愛を中心として互いにために生きるときに、統一が可能なのです。 心は今まで一生の間、皆さんの体のために生きました。しかし、この体は心のために生きませんでした。心が体のために生きるのと同様に、体が心のために生きる立場に立って、一つにならなければなりません。

何を中心として一つになるのでしょうか。 真の愛、ために生きる愛をもって一つになるのです。そのような「私」になってお互いのために生きる真の愛を中心として、夫と妻が一つにならなければなりません。そうしてこそ、枝がどんどん伸びていきます。それでこそ、大きくなるのです。

それが自分で分かります。 それでこそ、心が喜びます。 何を見てもうれしく、仕事をしても苦しいと思わず、 寝なくても疲れないというのです。(天一国経典『天聖経』第八篇 第二章第二節 22 )

統一の内容は簡単です。 自分の心と体が一つになればできるのです。そのように一つになったものが家庭と一つになれば、平和な家庭になるのです。

そのように一つになった家庭が社会と一つになるとき、その家庭は社会において、誰にも恥ずかしくない幸福な家庭になるでしょう。 そのように一つになった社会が国と一つになるとき、それは国において、誰も否定できず、尊敬せざるを得ない統一圏が展開するでしょう。さらには、世界人類と間違いなく一つになったというとき、そのような人たちを通して地上に天国が成し遂げられるのです。 天一国経典「天聖経」第十篇第二章第一節1)

〇良心

神様が暮らすところとはどこでしょうか。 神様は、最も価値のある愛に定着されます。男性と女性の二人がいれば、神様はどこにいらっしゃるのでしょうか。

神様は、一体化して変わらない、 統一された愛の最も根底に、垂直にいらっしゃいます。

男性と女性が一つになれば、そこが中心点になるのです。 神秘的な祈りの境地、霊的体験圏に入って、「神様!」と呼べば、内から、「なぜ呼ぶのか。ここにいる、 ここだ!」と答えられるでしょう。 「ここ」 というのは、自分の心の中です。 心身一体化した愛の中心点、垂直の場です。

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