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神様の立場と父母の立場は、まず先に考えてあげる立場です。 神様は、「私」よりも先に考えてくださるのです。 父母も私より先に考えてくださるのです。 だから良いというのです。 それで主体なのです。

二人で暮らすというとき、「あの食口がすべきことを、私がしてあげなければならない」と言うべきです。神様がそのような方です。そのような人が中心です。 ために尽くしてあげる人が中心になるのです。(天一国経典「天聖経』第十一篇第四章 第一節 114)

他のために犠牲になれば、すべてを失うかのように思えますが、それは全く反対です。むしろ愛の主体となり、すべての主人となるだけではなく、さらに高い次元に飛躍するようになるのです。

級友たちのために犠牲になり、奉仕する人は、そのクラスの委員長になるのであり、村のために犠牲になる人は、その村の指導者になるのです。 ひいては国のために犠牲になり、奉仕する人は、その国の主人になるのです。

愛というのは、より大きなもののために犠牲になればなるほど、その愛の等級が高まっていくのが原理です。より大きなもののために犠牲になれば、それに吸収されていくのではなく、その大きなものの中心の場に立って新しい次元を迎えるようになるのです。(真のお母様、天一国経典「平和経」第六篇4)

愛は一人では成立しません。 愛は「私」から出てくるのではなく、相対を通して出てきます。相対から出てくるので、私が頭を低くして相対のために尽くさなければならないのです。 「ために生きなさい」という天理が、 ここから生まれるのです。

極めて高貴なものが私に訪ねてくるのですが、それを受けようとすれば、相対を高めて、ために尽くさなければならないという、「ために生きる哲学」を実践しなければなりません。(天一国経典「平和経」第四篇1)

高くなろうとばかりするのではなく、互いにために生き、育て合い、誇り合うようになれば、全体が大きくなれるのです。 自分だけが優れていると考え、自分が最高であると考えて、自分の考え以外にはないと思う団体や個人は、発展しません。

自己中心的に進めば衰退していき、ために生きる生活を実践すれば発展するようになります。絶対に、自分によって苦しむ人がいてはいけません。私たちは、生命を生かす人々です。兄弟と食口とすべての人々を、愛で抱かなければなりません。(真のお母様、二〇一三・九二三)

〇心身統一

私たちが神様に侍り、天一国を完成するに当たって、最初に始めなければならないことは、自分自身を省みることです。 天一国は、二人が一つになってつくるものであると、真のお父様は語られました。ですから、心と体が一〇〇パーセント統一された立場で生活するのが、信仰生活において最も重要な目標にならなければなりません。

どのようにして、そのような立場で生活できますか。 私はこのように話しました。「皆さんは、誰かの善し悪しを批判する前に、まず純粋な心で天の前に 「ありがとうございます」という言葉から口にしなさい」。

個人において、家庭において、教会において、氏族において、国において統一された立場に立てば、神様を中心とした一つの世界が自動的に成し遂げられるのです。そのような心構えをもって生きれば、成し遂げようとするすべてのことにおいて、天が共にいらっしゃり、祝福が与えられるでしょう。(真のお母様、天一国経典「天聖経』第十二篇 第四章 第三節 25 )

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