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いつでも、神様の愛を中心として主体にならなければなりません。 影響を及ぼさなければなりません。影響を及ぼすというのは、どういうことでしょうか。 与えなければならないということです。

与えるときには、どのように与えなければならないのでしょうか。 食べ残した残りかすを与えてはいけません。 食べ残した残りかすをあげれば、食べてからも気分が悪く、唾を吐くのです。

餅をあげるにしても、 あれこれ迷いながらあげるときは、かえってあげないよりもっと気分が悪いというのです。 五つある餅を人にあげるのに、半分くらいそのままあげてこそ「有り難い」と言うのであって、あれこれと迷ってからあげれば、世話になる人が、あとから批評するのです。

ですから、与えるときは、 神様と共に父母の心情で与えなさいというのです。(天一国経典『天聖経』第四篇 第三章 第三節3)

皆さんが、子女や孫を愛し、彼らに最高の物や最も良い家、最も良い教育、最も良い職場、平和で繁栄する人生を与えたいのと同じように、神様は、地球だけでなく霊界の全人類にまでそうすることを願われます。

そして、父母は子女の安寧のためにすべてのことを犠牲にできますが、 神様も同じです。実際、私たちが人間から発見する父母の本性は、私たちの天の父母であられる神様に由来するものです。

私たちが万民と万物に対して、 「父母の観点」を開発して実践するならば、世の中は変わり始めます。新しい光の中で、他人を兄弟姉妹、家族の構成員として見るようになります。自分の家族を利用し、 だまそうと考えることはできません。

私たちが神様の心情に近づくほど、真の父母の心情をさらに理解できるようになります。(真のお母様、二〇一五・三・一)

自然屈伏の道

私たちは、武器をもって伝道するのではなく、愛をもって伝道するのです。 アベルが愛によってカインを救う勝利の基台を通して、偽りの愛によって占領されたものを真の愛によって復帰しなければなりません。

そうしてこそ、衝突することのない本然の世界に帰っていけるのです。 他の手段や方法を通してすれば、再びサタンがあらゆる手段や方法をもって出てくるのです。
イエス様は、死の道の上でも、生命が途切れる最後の瞬間までも、愛の道理を立ててきました。完全なカインの救いの道理を立てられなかったので、カインの救いの道理の門を開くことのできる道を、 死を通して見せてくれたのです。(天一国経典『天聖経』第九篇 第三章 第五節 21 )

神様が願う観点に立脚して生きた人がどれほどいるでしょうか。時には、個人的に感情を害し、食口に対して鬱憤を晴らしながら、言いたいことをすべて言う人を見かけます。

兄弟関係において先に出てきた人が、カインの立場にいることを知らなければなりません。アベルになるためには、カインを救っておかなければならないのです。 カインを救っておかなければ、アベルになれません。復帰された長子の立場になれないのです。 そのアベルは、復帰された長子の立場です。 結局は、長子の位置にいるのです。

そのようにするためには、世の中にいるカイン、すなわちサタン側にいるその兄を復帰しなければならないのです。 復帰するのですが、 無理やりたたいて復帰するのではなく、自然屈伏させなければなりません。

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