皆様は毎日、瞬間ごとに皆様の生を点検しながら生きなければなりません。 皆様は学生時代、試験問題を前にして、その答えが「○」なのか 「×」なのか分からず、慌てた経験があるでしょう。
皆様の一生も同じです。 推し量ることができないほど変化無双に展開される日常生活の中で、瞬間ごとに、皆様自ら御自身の生を「○」と「×」の概念で分析し、点検して、 採点する生活をしなければならないという意味です。その形や性格から見て、「○」は「×」包容し、消化することができます。 しかし、 「x」 は 「○」を包容することができません。
皆様の答えが「○」の時は、皆様の生は肯定的で、希望的であり、 縦的に天に軸を立て、影のない「正午定着」的な生を送っている時です。 ために生きる真の愛の精神で、怨讐までも赦して包容する、 深く広い生です。 天一国経典「平和経」第十篇6)
〇感謝
私たちは常に感謝しなければなりません。 まず神様に感謝し、その次に、夫に感謝し、妻に感謝し、隣人たちに感謝しなければなりません。 感謝すればするほど、より深い愛が連なって流れ込んできます。 たくさん感謝をすればするほど、その感謝に比例して、 神様の愛の量がさらに増えるでしょう。
ですから、私が死ぬときには、感謝の言葉を世の中に残し、愛だけをもって父のみ元に帰ります。 愛の中で永遠に生きるのです。そのときには、どれほど神様をあがめ、感謝しながら生きるだろうかというのです。 それが夢です。
私たちは、愛の祝福の場に行くために、感謝する生活をしなければなりません。不幸にぶつかれば、神様もそれを御存じです。 世界で最も不幸な状況にぶつかったとすれば、神様がそれを記憶せざるを得ません。
その場で感謝することによって消化するようになれば、神様が「信じられる人だ」と言われるのです。それを越えていけば、世界にまたとない福を受けます。このような原則があるというのです。(一九七七・五・二九)
私の生涯の座右の銘は、いかにしてきのうよりきょう、 さらに感謝の気持ちをもって生きていくかということです。きのうよりきょう、さらに感謝し、あすはきょうよりもっと感謝しながら生きるために努力してきました。日ごと、感謝の気持ちをもつことが、私の人生の目標でした。
お父様はダンベリーに出発される直前に、「不平を言ってはいけない。立てられた立場で感謝し、感謝することによって完全に一つとなったとき、大きな奇跡が起きる」と語られました。(真のお母様、一九八四・七三一)
皆さんは心を無にしなければならず、悔い改めなければなりません。高い位置にいる人は心から低い位置に降りていき、毎日の生活において天に感謝し、自分自身についても、「このように新しい出発をすることができて感謝だ」と言わなければなりません。
「きょう一日も、これまでできなかったみ旨のための活動に、最善を尽くすことのできる一日となるように導いてください」と言いながら、感謝の気持ちをもって生きるようになれば、周囲がすべて美しく見えます。 そして、幸福になります。
自分だけで大事にしまっておくことができないので、伝道をせざるを得なくなるのです。(真のお母様、二〇一二・一〇・二七)
〇伝統
これから、家庭を中心として、新しい忠臣、聖人、聖子の道理を果たして生きた人々の歴史を伝統として新たに立てなければなりません。

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