それでは、個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙の中心はどこでしょうか。いくら小さくても、その中心は良心です。 宇宙の愛の軸がとどまるところ、 支える先端の地は、自分の良心です。 心身一体化した、その良心です。(天一国経典『天聖経』 第一篇第一章第一節2)
良心は神様に優ります。 良心は「私」がいる前からありました。 神様に優り、父母に優り、王に優るのです。 そのような貴いものが心です。悪いことをしようとするとき、「早くしなさい!」という心の声はありません。 皆さんが悪いことをしようとすれば、心が「おい、こいつ。やめなさい!」と言うのです。
良心の言葉を絶対に聞かなければなりません。そうしてこのように育んでいければ、良心と私が言葉を交わすのです。(天一国経典「天聖経』第四篇第一章第二節2)
良心は第二の神様です。第一の神様はプラスであり、心はマイナスで、第二の神様です。そのような概念をもたなければなりません。
心が第二の神様です。 第二の神様は常に「私」と共にいます。 良心の深い所で、愛と生命と血統の深い所で、私と関係を結んでいるのです。 すべてのものを整理して収拾し、取り除いて、私をしきりに高い場所に導くのです。
ですから、本然の良心は絶えず上がっていくのです。 その力が肉身を主管するのです。これがプラスとマイナスとして一つになって自動的に統一され、完成します。
私の良心は第二の神様であり、この強い力がいつでも一つの中心として、すべて主管するのです。(天一国経典「天聖経」第四篇 第一章第二節17)
〇正午定着
皆さんは影のある生活をしてはいけません。 それで正午定着を宣布しました。それは素晴らしい言葉です。 影がありません。 体と心が一つになり、家庭の四位基台が一つにならなければなりません。
父が誤れば父の影が生じ、母が誤れば母の影が生じ、四人家族で四人が定着できなければ、光の混乱が起こるのです。 影がある所は、みな嫌がります。 ですから、正午定着をしなければなりません。
あの世に行っても影があってはならないのです。影がない所で個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、 神様まで、 八段階の垂直線を往来する方が神様です。 神様の愛に影が生じるかというのです。 純潔そのものです。ですから、誰もがその純潔な血を願うのです。
誰もが影を嫌がるのです。 影はサタンです。ですから、何であっても、誤れば隠そうとするのです。それが怨讐です。 国境線がそうです。 国境撤廃は正午定着を意味します。これは象徴的な話ではありません。必ずこのようにしなければならないのです。(天一国経典『天聖経』第四篇 第三章 第三節 25 )
正午定着の人生は、影をつくらない人生だと言いました。私たち全員が発光体になって光を与える人生を生きれば、影が生じる隙間がありません。
受ける人は、借りをつくる人です。 皆様は、その借りを返すために、これから、かわいそうな貧しい人の涙を拭ってあげ、暗い所を明るくしてあげる永遠の真の愛の発光体となる人生を生きるように願います。(天一国経典「天聖経』第十三篇 第四章 第二節 114)

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