天国には、互いに愛し合う夫婦だけが入れます。ですから、この地でそのような思想をもって互いに愛し合う夫婦は、いつも天国生活をしています。イエス様は、「神の国は、実にあなたがたのただ中にある」(ルカー七・二一)と言いましたが、統一教会では、「あなたの家庭に天国がある」と言うのです。
家庭で天国をつくることができないときは、統一教会のみ旨が成されません。しかし、それができるときは、そのみ旨が成就されます。このような観点から、皆さんは原理を中心として正道を選別して歩んでいかなければならないのです。(天一国経典「天聖経』第五篇第四章 第六節35)
〇家庭生活に実らせる
家庭は、一つの代表的な人間が暮らしているモデルです。いかなる人も家庭の基盤を通して人生の道を整え、そこで生み、それを中心として東西南北を往来し、上下を往来しながら生き、そして逝くのです。このように見るとき、家庭の幸福を得ることができなかった人は、国の幸福を求めることができません。
いくら国を求めたとしても、国のどこに住みますか。自分が行くべき所がなければ不幸なのです。家庭に行ってこそ、父母がいて、家庭に行ってこそ夫や妻がいて、そして家庭に行ってこそ子女がいるのです。(天一国経典『天聖経』第五篇第一章 第四節 9 )
私たちは、個人中心ではなく、家庭中心です。だからと言って、家庭だけを中心としてすべてのものを清算するのではなく、すべて連結しなければなりません。ですから、昔、独りで修道の生活をしていたときの努力ではいけません。「昔、努力したときの何倍以上も努力しよう」という決意と覚悟を加えなければなりません。
悪に対して挑戦していく生活は、ややもすると疲れて後退しやすいのです。 家庭をもったときは、独りのときの何倍も努力しなければなりません。 家庭は中心をつかむ場です。私たちは、現実を避けることはできません。 前後、左右、上下の関係を家庭で築かなければならないのです。
ですから、過去の信仰形態ではいけません。 過去の一方的な信仰態度でも駄目なのです。祝福は、死ぬか生きるかの決定点です。(天一国経典「天聖経』第十一篇第四章第一節11)
私たちは、心情を離れては生きることができません。 自分が大統領だとしても、あるいは世界的なあらゆる権威を備えているとしても、心情的な喜びを表示する所がなければ生きることができません。自分が率いる人々や閣僚たち、あるいは追従する人々からは、心情的な満足を感じることができません。
それは家庭で感じなければなりません。家庭に帰ってきて、夫婦が互いを通して喜びを感じ、また子女を通して喜びを感じることができなければなりません。そうして、その喜びを他の人々に誇ることができなければなりません。
神様も同じです。 この世界をすべて復帰したとしても、家庭がない神様は喜ぶことができません。結局、家庭がなければならないというのです。(天一国経典『天聖経』第五篇 第一章第四節 1 )

コメント