ために存在するのが、宇宙の根本原則です。この原則の上に立ってこそ、すべての幸福と平和と理想と真の愛が完成するのです。
互いにために生きなければならないという公式的な原則を拡大し、国家と民族を超越して互いにために生きる世界を成し遂げるならば、その世界が正に私たち人間が願うユートピア的真の愛の世界であり、真の理想の世界、真の平和の世界、真の幸福の世界だということは間違いありません。 「ために存在する」というこの原則を掲げていくならば、どこにも通じない所がないのです。
もし皆様が霊界に行くことになったとしても、ために生きる真の愛を実践したならば、神様は、天地の中心存在としていらっしゃるので、そのお方から千年、万年福を受けて暮らすようになり、それ以上の幸福はないことを知ることができます。
ために生き続ける存在は中心存在となり、中心存在となることによって、完全に統一的な環境や平和の世界をここで造成できるという事実を、私たちは知らなければなりません。いくら数多くの宗教があり、数多くの教典があったとしても、その核心の教えは、「ために存在せよ」というこの一言に帰着するのです。
真の宗教、愛の宗教、理想的な宗教、幸福の宗教、平和に導く宗教はどのような宗教でしょうか。個人のために生き、家庭のために生き、氏族のために生き、民族のために生き、国家のために生き、世界のために生き、天地のために生き、神様のために生きて、先に犠牲になろうという宗教が真の宗教であり、理想的宗教であり、万民を平和の場に導き、幸福の場に導く宗教であるという結論も、皆様は知ることができるでしょう。
〇相対的概念から生まれる平和
平和は、相対的な概念から生まれる言葉です。 幸福もそうです。一人では幸福になることはできません。この
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ように考えると、私が一つになろうとするところから幸福が生まれるのであり、平和や、私たちのあらゆる理想的な要件も、私が一つになろうとするところから関係が結ばれ、出発がなされるのです。
人の力だけでは、人間世界において平和の紐帯を結ぶことができません。なぜかというと堕落した人間は、それぞれ自分だけがうまくいくことを考えます。互いに利用しようと考えるのです。自分の利益を追求し、自分を中心として良いものを結びつけようとします。
ここに来られた皆様はそうではないですか。 指導クラスの人士だとしても、自分を中心として主導権の争奪戦を行い、自分の利益のために闘って大騒ぎしています。今までのこの世の中では、これが私たちの生活の本質的な基礎になっているのです。自分だけのために生きる世の中では、闘いに終わりはなく、継続されるのです。
ここで、私たちの体の構造を見てみましょう。この目は、自分のために生きようとして生じたのでしょうか。相対のために生じたのです。口は自分のために生じたのでしょうか。相対のために生じたのです。この耳は自分のために生じたのでしょうか。相対世界の音を聞くために生じたのです。
鼻は自分のために生じたのでしょうか。 手は自分のために生じたのではありません。さらには、男性と女性の生殖器官自体も、自分のためではなく、夫のものは妻のために、妻のものは夫のために生じたのです。平和は、そこから、すなわち、ために生きようとするところから生まれるのです。 母親の体は、母親だけのためのものではなく、夫と子女のために存在するようになっています。
一つの平和な世界、ために生きる世界をつくるために、私は妻と共に、全生涯を通して様々な方面に努力を注いでいます。その中でいくつか代表的な例を挙げるならば、 人種と宗教、国境、言語の障壁を超越し、未来世界の基盤を固める超宗教超国家、超NGO(非政府機構)、超与野党教育活動をしてきました。また「世界平和統一家庭連合」では、真の家庭運動と純潔運動を展開してきました。学術分野においては、アメリカのブリッジポート大学と韓国の鮮文大学を中心に平和思想の教育と実践運動に尽力しています。
さらに、言論分野においては、既にアメリカの「ワシントン・タイムズ」とUPI通信社をはじめとして、韓
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国と日本では「世界日報」、そして南米、北米のすべての国々をカバーする言論機関をつくり、やがて世界百八十五カ国に拡大され、世界が一つになって協力する上で、大きく寄与することになるでしょう。

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