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神様と共に永生する道
子女として造られた人間が、兄弟となり、夫婦となり、そして父母の位置に進む過程ごとに、神様はそのすべての真の愛の主人になるのです。すなわち、人間が育つ過程を見ながら、神様はそのすべての段階の愛の主人として定着されるのです。


したがって、神様をしてすべての愛の主人とならしめた人間こそは、神様よりも貴い存在であると見ることも
できるのです。ちょうど自分の愛する人を、自分よりも何千万倍も価値があるものとして貴く思うようにです。ですから、より貴いもののために、神様は投入しては忘れ、また投入してはお忘れになるのです。 一〇〇パーセント投入されたのち、一〇〇パーセントお忘れになるので、続けてさらに投入できるのです。自分の夫が立派になることを願う妻は、夫のために投入しては忘れ、また投入しては忘れることによって、夫
を成功させることができます。投入して忘れることを続ければ、その愛の段階が高まって、究極的には、神様の位置に連結されるのです。そうして神様と共に父子の関係を結んで永生するのです。


誰もが天国に行きたいと思うのですが、「私のために生きよ!」という思いばかりをもっていては天国に行く
ことができません。 真の愛は、神様がお造りになったすべての傑作を抱き、ために生きるところから始まり、全世界の人類と究極的には神様のために生きることによって、天国に至るようにするのです。

一生に三回以上は、生命を懸けて、ために生きようとしなければなりません。人類は、アダムとエバの堕落、イエス様の十字架、 そして再臨主の家庭を追い出した迫害のすべての歳月を蕩減しなければなりません。


神様に出会うには、三度死の境地を通過しても、神様に自分のことを分かってもらうことを望むより、神様の


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ためにもっと尽くそうとしなければならないのです。そのような人々が生きる世界がこの地上にあるならば、そこが正に天国です。 この道を私が教えており、そのような世の中をつくっているのです。


愛によって形成される存在はすべて球形子女は父母の愛の実ですが、 愛の実というのは、愛と生命と血統が合わさって形成されるものであることを知らなければなりません。子女たちは「自分のもの」を主張しますが、「自分のもの」の出発点は父母です。父母は根であり、幹です。 父母がいなければ、すべて孤児です。父母につながっている愛の梯子を切ってしまったら、根と幹につながって生きることはできないのです。

真の愛の起源となられる神様を父母として、私たち人間は、息子、娘の立場に立てられました。また父母は本来、子女のための愛の最高の主人です。 父子の関係が縦的な垂直関係であるのに比べ、夫婦関係は横的な水平関係です。


ですから、父子関係と夫婦関係が互いに直角を形成し、ここに前後関係である兄弟関係が合わさることによって、すべての愛の関係が球形を形成するようになるのです。それで、愛によって形成されたすべての存在は球形なのです。宇宙全体が球形になっているのです。このように形成された球形の中心位置ですべての愛が統一され、定着するのですが、その場に神様がいらっしゃるのです。すなわち、神様とその息子、娘である人間の垂直関係を中心として、男性の愛と生命と血統が右に定着するならば、左には女性の愛と生命と血統が定着するのです。

ここに兄弟の愛が前後の方向に定着すれば、そのすべての愛を中心として宇宙全体がバランスを取るようになるのですが、これらが一番の核として出会うところに神様がいらっしゃるのです。 これを平面的に横にして見れば、愛の根、生命の根、血統の根、そして良心の根に神様がいらっしゃるのです。


このように神様を中心とした家庭では、縦と横、そして前後の愛が一つになるのですが、このような家庭から氏族になり、民族、国家、世界、そして天宙に至るまで拡大していくのです。その根本的中心は、常にお一人の神様であられるのです。


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