このような点で、神様の真の愛の相対である人間の価値がどれほど貴いものかを知ることができます。神様はその創造理想である真の愛を、最高の絶対価値をもつものとしてお立てになりました。 絶対的な神様でも、真の愛の前では絶対的に服従したいと思うのです。
そのような原理のもとに造られた人間と万物も、神様のようにその真の愛に絶対服従するようになるのです。より高次元の真の愛に向かって、すべての生命力が一目散に走っていくのです。宇宙万象の存在秩序と価値も、すべてこの原則のもとに決定されます。 真の愛を中心とした神様と人間の関係は縦的な親子の関係です。
神様の息子、娘として造られたアダムとエバは、まず神様から父母の愛を受けながら子女の心情を感じて成長していきます。そして、互いに兄弟姉妹の心情を感じながら成長します。その次に、神様の祝福のもとに真の夫婦となり、互いに愛し合いながら夫婦の心情を感じるようになっているのです。 それとともに、子女をもち、真の父母となるとき、子女を愛しながら父母の心情を感じ、さらには神様が自分たちを子女として愛される、その父母の心情を経験するようになっています。
このような子女の心情、兄弟姉妹の心情、夫婦の心情、父母の心情を四大心情といいます。人間が完成するためには、神様の真の愛のもとで四大心情を完全に体値しなければならないのです。この基台が理想的な家庭です。人間に対する神様の創造理想が成就される最小単位が、 四大心情圏を完成した家庭です。
真の愛の主人であり、起源であられる神様は、父の立場でこのように人間に絶対不変の真の愛を相続しようとされたのです。 真の愛の中では完全な調和と統一が形成されるので、神様の真の愛は、子女である人間に完全に相続されるのです。
それだけではなく、真の愛の属性として、同居権と同参権も自然と生ずるので、人間は神様の子女として同行
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し、共にいることができるようになっていました。そうして、人間は神様の真の愛に酔って各自が理想と幸福を所有すると同時に、自然にこれを相対と共に子孫たちに伝承するようになるのが創造本然の世界でした。
〇真の愛は直短距離を通る
しかし不幸にも、人間始祖は天使長の偽りの愛によって堕落することにより、結果的に彼らは真の愛による真の夫婦になることができませんでした。彼らは、神様の許諾なしに子女を生んだ偽りの父母、偽りの先祖になったのです。このように人類は、真の先祖、真の父母から生まれることができず、神様が願われない血統をもって生まれるようになったのです。
自然界を見ると、レベルは低くても、すべて愛の秩序のもとに調和していますが、 ただ堕落した人間世界だけ愛の秩序を守れずにいます。数限りない罪悪の闘争と苦痛はここに由来しているのです。 神様が意図されたこととは反対になった人間世界を、 神様は放っておくことはできません。
神様は、堕落した罪悪世界を創造理想の世界、すなわち原状に回復させようという救援摂理をされます。ですから、神様の救援摂理は創造目的を復帰する摂理であり、それはすなわち再創造摂理となるのです。 天意に従って復帰摂理の主役を担ってきたのが宗教です。宗教は、神様の真の愛と真の父母思想を中心とした本然の理想的な家庭、さらには理想的な世界を復帰する目的のもとに立てられたのです。
メシヤは真の父母として来られ、偽りの父母から生まれて植えられた偽りの根を引き抜いてしまい、本然の創造理想を復帰する重大な責任をもって来られる方です。 この世界が真の愛と真の家庭へと復帰されるためには、まず真の父母の位置が確立されなければなりません。 正にこの使命のために神様は私を召命したのです。堕落によって本来のみ旨が成就されなかったので、神様は失ったものを回復するための摂理において宗教を立てられ、メシヤを送られたのです。
神様の不変の目的は、真の愛の理想世界の実現です。宗教の目的は、真の愛と真の家庭が実現化されることで
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す。反対に、このような目的に寄与せずにそれ自体のためだけに存在するならば、その宗教は、神様の名を語ったとしても、神様とは関係がありません。 宗教のために神様や世界があるのではありません。

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