ですから、皆さんはこれから、何かをする時は一人でしてはいけません。 伝道をするとしても、一人でしてはいけないのです。 このような三位基台を造成し、自分たちが父母の立場に立った時でも、兄弟同士でさせてはならず、彼らと一つになってしなければなりません。父母と兄弟が一つになってこそ家庭が成立するのです。
そして、これが一つの民族型を備えようとすれば、このような家庭が十二家庭いなければなりません。十数以上になってこそ、民族的な条件を代わりに引き受けることができるのです。(一九五九・一・四)
信仰の道は一人では行けません。信仰の同志が必要です。三人以上が一つにならなければなりません。ですから、三位基台が必要なのです。 人間の性禀(セイヒン)の主体であられる神様も、三つの基準を望んでいらっしゃいます。
神様は、人間が過ちを犯したとしても、直接教えることはできません。 縦的には教えることはできませんが、三人が一つになっていれば、一人が誤ったとしても、二人が誤らなければ、その人の過ちを教えてあげられるのです。
山での祈りも三人以上が共にしてこそ恩恵が早く降りてきます。 祈ったあとには、自分たち同士で互いに話し合わなければなりません。他の人と話し合えばサタンが侵犯します。
三人が心から信頼し合える美しい姿を備えるようになれば、それを見て、周囲の人々が羨ましく思うようになり、そのようになれば、神様のみ旨は自然と繁殖するのです。神様が助けてあげなくても、三人が一つになれば、そこから新芽が生えるようになるのです。
食口と接するときは、その人を傷つけないように注意し、信仰生活の助けにならない話をしてはいけません。 (一九六七・五一七)
皆さんは、現在置かれている立場において、怨讐を選別しなければならず、 それから、自分の置かれている立場が昼なのか夜なのかを知らなければなりません。言い換えると、恩賜が共にある立場なのか、恩賜が離れた立場なのかを知らなければならないということです。
前進するにしても、神様が協助する舞台を備えて前進しなければなりません。一人で前進せずに、同志と共に前進しなさいというのです。そのためには、自分の環境が昼なのか夜なのかを知らなければなりません。そのようにしなければ、自らの能力では持ちこたえることができません。 同志が必要です。ですから、み言に三位基台の法度が出てくるのです。
したがって、三位基台を備えて合同で前進しなければなりません。神様は、一人で前進することを好みません。 一人で前進すると、失敗する可能性が高いからです。合同作戦を行いながら前進しなさいというのです。(一九六八・一一)
皆さんは、いまだに家庭的な真の父母の位置に入れない立場に置かれています。ですから、家庭的な真の父母の位置を探し求めていかなければならないのですが、その父母をそのまま探し出すことはできません。
落ちて下がっていったので、再び探し求めて上がっていくためには、兄弟の橋を架けなければなりません。すべてを犠牲にしたとしても、真の父母を探し求め、自分自身が真の父母になるためには、歴史的な解怨の条件をもって蕩減したという基準を立てなければなりません。そうでなければ、天は皆さんを受け入れることができないのです。
皆さんは父母に侍るべき立場にいるので、父母に侍る兄弟の基盤を築かなければなりません。これが三位基台の意義です。 三位基台の兄弟たちが、天の父母に侍る中心を備えて、三兄弟が一つになり、十二兄弟が一つになる時、初めて天の国の家庭として資格が与えられるのです。

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