はじめに
二〇二五年は、真の父母様による新しい「年頭標語」の発表とともに幕を開けました。
「創造主・天の父母様に実体で侍って生きる天一国十三年、全世界の祝福家庭は、真の父母様と一つになった選民として責任を果たす天一国の真の子女になろう!」
真のお父様の聖和後、天一国元年天暦十二月一日(二〇一四年陽暦一月一日)から一貫して変わることがなかった年頭標語が、天一国十三年を迎えるに当たって大きく変化しました。さらに宣布後、真のお母様は「これが天一国十三年、きょう、乙巳(きのとみ)の年から始まり、代々続いていく元旦のみ言です」とも加えられました。
代々続いていくみ言だと語られながらも、ここに「天一国十三年」が入っています。これは、天一国十三年に限定された年頭標語という意味ではなく、代々続いていく年頭標語に、あえて天一国十三年を明記されたと捉えることができます。
なぜでしょうか?
真のお母様はかねてから二〇二五年(天一国十三年)の重要さを強調されてきました。 天の摂理の完成、人類歴史の完成とも意義づけてこられた二〇二五年四月十三日。天苑宮・天一聖殿入宮式は天の摂理にとっても、私たち人類にとっても、それだけ重要な瞬間であるということです。
摂理的にも、人類歴史的にも重要な大転換点を迎えた今、年頭標語を通して改めて、私たち祝福家庭の位相と責任を明確にしてくださったのです。
それでは、この年頭標語を通して私たちが理解すべきポイントは何でしょうか。
第一に、神様を天の父母様として地上にお迎えし、実体で侍って生きることができる天一国十三年を迎えたということです。
侍るのはもちろん、私たち子女です。六千年を経て初めて神様を地上にお迎えし、私たち子女がその神様を天の父母様として待って生きることができる時代を迎えました。
神様を天の父母様として迎える責任は、私たち子女にあります。神様がアダム・エバを通して果たそうとされていた創造理想の夢が、「私」の家庭に着地するのです。天の父母様と真の父母様を中心にお迎えした「神(しん)家庭」こそが、これからの天の摂理の要です。
天苑宮・天一聖殿入宮式を歴史の一つの行事として終わらせてしまうのか、それとも天の摂理の大転換として受け止め、天の父母様を迎えた「私」の家庭こそが摂理の完成の結実であるとして自覚できるのかは、私たちの姿勢に懸かっています。

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