皆さんは一生を生きていくとき心情的にどのような家宝を残そうと思いますか。家宝を残さなければなりません。
皆さんは家宝を霊界に残さなければなりません。深刻です。秤に掛けているというのです。ですから安心して生きることができる生涯ではありません。つらく唖然とするようなことがあるのです。
お父様が霊界に行って地上にいなくなればどうなるでしょうか。み言しかありません。皆さんは私と出会うことによって情緒的な面が激動して絡み合い主体的な立場と相対的な立場がきちんとできていますがみ言は そのようになっていません。み言を実体として成し遂げておかなければならないのです。実体がありません。主人が死ねばすべて分かれます。それでこのように訓読会を世界的にするのです。
なぜ訓読会を強調するのでしょうか。み言の本当の味を感じるようにするためです。お父様と向き合うときよりももっと感じなければなりません。私に会うのは一二時間ですがこのみ言には永遠に会うことができます。その深さを感じてこそ、これから統一教会が天下を一瞬のうちに染めてしまうことができるのです。(二〇〇〇・三・四)
毎日家庭で訓読会をして一日を出発してください。このように言うのは二世たちの教育が急がれており重要だからです。皆さんは公的な仕事をしているために子女たちに対してそのような時間を割けなかったと思います。それでも子女たちと一緒に訓読会をしながら一日を出発しなさいというのです。
そうして二世をよく養育しなければなりません。どの位置にいるとしても後代のことを考えなければならないのです。(真のお母様、天一国経典『天聖経』第十二篇第四章第三節33)
子女を愛して導く
皆さんの父母から受け取った今まで生きてきた習慣性をもっていてはいけません。皆さんの息子娘を今から本当に教育しなければなりません。そのまま放っておけば祝福を受けた家庭がすべて滅びます。ですからメシヤの責任をもたせ立たせるのです。それが「歴史的最高の時代」に生きるということです。
霊界と肉界が天地が見つめ宇宙が見つめるこのような愛の驚くべき時期を占有する主人にならなければなりません。(天一国経典『天聖経』第九篇第二章第一節20)
皆さんは祝福家庭の使命が大きいことを知らなければなりません。自分の息子娘に影響を及ぼせる父母になるべきです。これが第一の使命です。
そのためには教会生活や公的生活を徹底しなければならず私的生活において模範にならなければなりません。これは今後子女がみ旨の道を歩めるよう教育するために絶対的に必要です。(天一国経典『天聖経』第九篇第三章第二節25)
子女は父と母が歩むとおりに歩みます。ですから皆さんの家庭に神様をお迎えして侍らなければなりません。子女に「父は祈る人だ」と教育しなければなりません。神様のために生きる父、他のために苦労する父であることを教えなければなりません。
ですから子女がそれとなく自分を尊敬し自分を立派だと思うことができる基盤をつくって奉仕しなければならないのです。(天一国経典『天聖経』第五篇第四章第三節9)
父母が涙を流して「私の愛が不足だからそうなのだ。すべては私がお前をもっと愛せなかったからだ」と言いながらその子の骨髄が溶けるほどに涙を流しより大きな愛をもって子供の前に出ればその子はどうなるでしょうか。変わりますか変わりませんか。変わるのです。
より大きな愛は弱い愛を全部消化し統合する主動性があるのです。(一九七一・九・一一)

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