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先生のみ言に従って実績を残さなければならない、ということをはっきりと分かりましたか。今から日本に帰って、どのようにしなければならないのですか。

訓読教会を十倍にするのは、問題ありません。 家に帰って親戚たちを集めれば、十倍以上いるではないですか。そうでしょう? 涙を流しながら、その全員を教育すれば、周囲にいる親戚の中で若い人たちは、みな感動を受けるというのです。(二〇〇一九一)

統一教会が認定するからといって、天国に入れるのではありません。手続きを踏み、国民としての生活をしなければなりません。 税金を捧げたりしなければなりません。 統一教会もなくなり、宗教もなくなり、政治もなくなります。国家もなくなるようになっているのです。

先生が生きてきた生活と心情を訓読会で徹頭徹尾、教育することによって、世界は一つの大家庭国家、一つの国家心情世界になるのです。ですから、訓読教会であり、訓読家庭です。教会は家庭を求めていかなければなりません。(天一国経典『天聖経』第九篇 第一章 第四節7)

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天国は家庭を中心として出発するのですから、皆さんが訓読教会の意味を知って実行すれば、それは驚くべきことです。

そこに教会があっても、家庭教会です。 家庭教会は、心のような教会の上に家庭があるので、訓読教会を発展させるというのです。種を多く蒔いて、たくさんの収穫の実を収めれば、それを天上世界が、 もしくは万民が食べて暮らせます。 それで新しい出発をして、春を迎えるのです。

冬に耐えて生き残り、より高い次元の春の季節を迎え、また発展に発展を重ねることができる、その起源が訓読会をする家庭です。(天一国経典『天聖経』第九篇第一章 第四節 5 )

訓読をすることにより次元が変わります。天の国と地が一つになって訓読会をすれば、霊界がすべて降りてきて協助するようになっています。それをしなければ、自分が生きる道を開放することもできず、その目的を成就することもできないというのです。 それで、訓読教会です。家庭教会です。

天国家庭がありません。神様も家庭がありません。 天国に入れる家庭がないので、天国の民がいないというのです。これを再び編成しなければなりません。(天一国経典『天聖経』第九篇第一章第四節11)

自分の氏族を中心として、訓読家庭教会をしなければなりません。これが世界的家庭です。訓読教会に出席している人は、もう国境がなくなるので、どこに行ってもその国が、私たちの国だというのです。文化と宗教の背後がどうだこうだと言える時は過ぎていくのです。(天一国経典『天聖経』 第九篇第一章第四節9)

訓読教会を勝利すれば、日本列島はもちろん、太平洋圏と大陸まで消化できる準備が整うと考えて、先生は、日本の人たちに希望をもっているのです。さあ、共同作戦で、 先生が語った内容を完璧に成就しましょう。 (二〇〇一九一)

神氏族メシヤとして

「氏族的メシヤ」という言葉は、なぜ出てきたのでしょうか。 メシヤの立場は、父母の立場です。真の愛をもった主体にならなければ、「父母の立場」という言葉はあり得ません。

堕落した世界に一つだけ残っている本然のものは、愛する子女のために生きる父母の心です。 堕落した世界に威厳ある姿で残っているたった一つの本然の心情基準は、父母が子

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女を愛する心です。 消えゆく心情圏ですが、それが創世以降、本質的形態として残っている火種と同じなのです。(天一国経典「天聖経』第九篇第二章第一節1)

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