家庭を訪ねていくのですが、どこに行くのでしょうか。復帰摂理をするために、私たちが蕩減条件を氏族圏内で立て、家庭に行くのです。 民族、国家、世界の蕩減条件を先生が立てました。 ですから、皆さんはどこを訪ねていくべきでしょうか。 皆さんの氏族圏内に入っていかなければなりません。イエス様がしようとしてできなかったその場に入って、しなければならないというのです。
氏族圏内で家庭教会をしながら反対を受け、悪口を言われながら、彼らを涙で抱き、愛したその愛をもって家庭に入らなければなりません。
家庭教会運動は、より愛するための訓練です。三百六十軒から、「あなたは神様の息子です」というサインをもらわなければなりません。 家庭に帰れば、自分が氏族を復帰しようとして家庭教会を愛したよりも何百倍以上、愛しなさいというのです。(天一国経典「天聖第九 第二章第一節 2)
家庭教会の役軍(担い手)は、神様のように教えてあげることができ、神様のように愛することができる人でなければなりません。 父母の立場で愛し得る教会、そのような人、 そのような国民、そのような世界人類になれば、神様が地上のどこにでもお出ましになって、天国になり得るのです。
第一は教育、第二は愛です。 ですから、犠牲にならなければなりません。そのようになるとすれば、そこからは神様が離れることができず、神様を父母のように侍らざるを得ず、神様を師のように待って学ばざるを得ず、神様と一緒に暮らさざるを得ないというのです。
このような思想を立て、このような思想を教えてあげるために、アベル的な人、天の側の人がいなければなりません。
そのアベルの中に、王がいなければならないのです。 個人的チャンピオン、家庭的チャンピオン、民族的チャンピオン、民族的チャンピオン、国家的チャンピオン、世界的チャンピオンがいなければなりません。
歴史始まって以来、 天地を中心とした神様の摂理の中で、初めて全体を代表したチャンピオンがいなければならないというのです。(一九七九一一)
統一教会が主張してきたのは、伝統を受け継がなければならないということです。神様の復帰摂理における心情の伝統を受け継がなければなりません。
その次には、父母様がこの伝統を立てるために歩んできた一生のあらゆる心情を、皆さんが引き継がなければなりません。
これを引き継げる一つの基盤が家庭教会であり、その運動が家庭教会運動です。 家庭教会をもたなければ、天の国に行く時、父母様に付いていくことができません。
これから家庭教会が、全世界的に二十四万になれば、全人類に対して配置するのです。そのようになれば、教会は完全になくなります。 (一九八一一〇一八)
先生は、統一教会の教会員に天国の鍵をあげるのです。先生は、死ぬために十字架に行くのでしょうか。死ぬために行くのではありません。希望をもって、より高い所に行くのです。イエス様は、行って帰ってくることができず、何千年の間、来ませんでしたが、先生は行けばいつでも来ることができ、思いのままに行ったり来たりできるのです。
帰ってきてからは、統一教会を訪ねていくのではなく、家庭教会を訪ねていかなければなりません。 先生が訪ねるべき所は家庭教会ですが、家庭教会は、神様が臨在できる所であり、父母様が臨在できる所であり、息子、娘が暮らせる所、一族が暮らせる所です。 教会は、家庭のための社会的事務所です。(天一国経典「天聖経』第九篇第一章第一節3)

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