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家庭教会がなければ、天国が実現されないというのです。 家庭教会がなければ、すべてのことができません。 家庭教会は天国の基地です。

天国とはどのような所でしょうか。 天国という所は、安息する所であり、幸福が宿る所であり、愛が宿る所であり、平和な所です。

それでは、安息するのですが、「私」 一人だけが安息するのでしょうか。もちろん、私がいなければならず、父母がいなければならず、 子女がいなければならず、家庭がなければならず、氏族がなければならず、民族がなければなりません。

全世界がそこに入るのです。いくら私個人が安息したくても、父母が安息できず、妻が安息できず、子女が安息できないとすれば、安息することはできないのです。

皆さんは「真の父母様に待っている」と言いますが、その真の父母様が安息できない立場にいるとすれば、その真の父母様のもとにいるすべての人々も安息できないのです。(一九八〇・一・一)

家庭教会は、堕落した父母が現れたので必要なのです。 それを復帰するためにイエス様が父母として来たのですが、 ザカリヤ家庭とヨセフ家庭が一つにならなかったので、イエス様は亡くなりました。 それを滅しなければなりません。 その罪を蕩減しなければ、天の国に入れないのです。

それでは、家庭教会だけで終わるのでしょうか。 氏族教会ができなければならず、民族教会ができなければならず、国家教会ができなければならず、世界教会ができなければならず天宙教会ができなければなりません。(一九八二・一・一)

一九八二年の標語は「家庭教会勝利」でしたが、皆さんは勝利したでしょうか。〇一九八一年は、「家庭教会は私の天国」としたのですが、私の天国をどれほど愛しましたか。一九八〇年は「家庭教会は天国基地」としたのですが、それについてどれほど考えてみましたか。また、一九七九年は「家庭教会を通じた天国完成」 でしたが、天国完成のためにどれほど努力しましたか。

韓国のすべての祝福家庭に動員命令を下しました。日本の祝福家庭も動員し、アメリカ祝福家庭まですべて動員するでしょう。

これに参加できなければ、皆さんも流浪する民のような行脚を永遠に続けなければならないでしょう。定着できないというのです。霊界に行っても、父母様を訪ねてくることができません。キリスト教で言う個人的楽園が生じたのと同じように、家庭的楽園が生じるというのです。

家庭的楽園では、妻が讒訴し、息子、娘が讒訴するでしょう。 サタンが讒訴するのではありません。 皆さんの妻や夫、皆さんの息子、娘が讒訴するというのです。それがどれほど悲惨なことかを知らなければなりません。(一九八三・一一)

家庭教会摂理の意義

神様に記憶される目があるとすれば、その日は愛の理想世界に同参 (一緒に参加すること)できる新しい出生とともに、その世界の完成者として神様と永遠に生きることができ、 水遠に友になることができ、永遠に愛を受けられる息子、娘になる日です。その日が、神様にとって最高の目として記憶されるのです。

地上で肉身をまとい、天の国まで通過できる愛の関門をつくるために、統一教会は愛の問題を重要視します。 家庭問題を重要視するのです。 それで、私たちには家庭が必要です。

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