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第二に、私たち祝福家庭こそが、現代摂理の「選民」であるということです。

韓民族選民大叙事詩を通して、私たちは「選民」という言葉の意味を深く理解することとなりました。「選民」という言葉を通して、韓民族が単なる血縁的、地域的な群集体ではなく、特別な目的と性格を持った運命体であることが明確にされました。そこには天の父母様を中心とした「摂理」という、特別な計画とみ旨が存在したということです。

さらに、韓民族を「誰が」選民として選んだのか、ということに重要な焦点が当てられています。そのような観点から、「選民」という言葉を通して真のお母様が明らかにしようとされているのは、創造主である「天の父母様」なのです。選民を召命されたのは、ほかでもなく、天の父母様であるということです。

その上で、真の父母様が顕現されてからの「選民」の意味は、特定の地域に限定されるものではありません。真の父母様の祝福を受けて、真の血統に生まれ変わった私たち祝福家庭こそが、まさに天の選民なのだと、真のお母様は強調されます。すなわち、私たちを召命したのは天の父母様であることを、改めて明確にされているのです。その上で、選民の資格を得るための絶対条件が、真の父母様と一つになった祝福家庭であるということです。

「私と一つになればすべてを超えられる」。真のお父様が聖和された後、地上の摂理に責任を持たれた真のお母様の口を通して、私たちは何度もこのみ言を聞いてまいりました。一つになるとは、心情と事情と願いが一致するということです。真のお母様が語られる、真の父母様と一つになった「選民祝福家庭」への期待を、私たちは正面から受け止めていかなければなりません。

第三に、子女としての責任の自覚です。

これまでの年頭標語は「天一国の真の主人になろう」というものでしたが、二〇二五年からは「天一国の真の子女になろう!」です。神様が父母として立たれるので、子女の位相が明確になったということです。私たち祝福家庭は天の父母様の息子、娘です。子女なのです。

子女の責任とは何でしょうか? 父母に似ることです。父母のすべてを相続できる子女になることです。その基準が、神氏族メシヤの勝利であり、天寶家庭の基準を全うすることです。それが子女として行くべき宿命の道であり、それ以外に父母の勝利圏を相続する道はないと、真の父母様は生涯を通して私たちに教えてくださいました。それでこそ、天一国の主人になれるのです。

このような子女の責任、神氏族メシヤの勝利を考えるに当たって、私たちが振り返るべき内容が、「家庭教会」摂理です。本来、真の父母様の御聖婚から二十一年間が父母の責任時代であり、一九八一年からが子女の責任分担時代と言われていました。この一九八一を中心としてその前後、五年間連続して年頭標語に入った言葉が、「家庭教会」です。つまり、この時は子女の責任において家庭教会 ホームチャーチを勝利することが摂理の中心でした。

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