敬拝するとき自分が一人で敬拝しているとしても一人でしていると思ってはいけません。男性が敬拝するときは自分の妻と二人で一緒に立って敬拝していると思い女性が敬拝するときは夫と一緒に敬拝すると思いなさいというのです。
そのような立場に立つことにより男性と女性が一つになったことを表示するのです。それは祝福を受けた人は完全に一つにならなければならないことを意味します。(天一国経典『天聖経』第十一篇第二章第一節25)
敬礼式は先生と一緒に始めました。皆さんが先生と共に毎日のように敬礼式をしているという事実は驚くべきことです。祝福家庭は真の父母もこのような式典を重要視し自分たちもこのような式典を重要視することを見せてあげながら自分の息子娘の前にこの伝統を引き継いであげなければなりません。
この敬礼式を通した心情的絆は家庭の父母と子女を中心として平面的に横的に形成されるとともに縦的に真の父母と関係を結べるようにし四位基台三代が一つになれる関係を結ぶ重要な時間だということを皆さんが自分の子孫に教えてあげなければなりません。(天一国経典『天聖経』第十一篇第二章第一節23)
真の父母様に侍り餅を分けて食べるのは私たちが霊的に神様と一つになるということです。一つの体になるのです。
このような餅を食べるのは二つに分かれている人々の体と心を一つにし父母が一つになり家庭が一つになり一族と世界が一つになれるように影響を及ぼすことを意味します。
統一教会の祝福家庭は毎週敬礼式をしなければなりません。敬礼式をする日は聖日ですが聖日にはホーリーフードを食べます。それは堕落することによりアダム家庭で神様に侍って神聖なホーリーフードを分けてあげられなかった恨を解いてあげるものです。それを解くためにそのような敬礼式とともに祝い願う心をもってそのような式をしているのです。(天一国経典『天聖経』第十一篇第二章第一節21)
父母たちはみ旨の生活において模範とならなければなりません。家庭における祈祷生活や家庭礼拝信仰生活を子女たちに見せてあげなければなりません。また敬拝時間がどれほど重要かということを認識させてあげなければなりません。その時間には敬礼式だけで終わるのではなくみ旨を中心として父母として子女たちを教育しなければなりません。
子女を教育するためには父母がまず実践しなければなりません。父母が模範となってみ旨の前に忠誠を尽くさなければならないのです。そうして父母がどのようなことを言っても子女たちが一言半句も口答えせず父母を畏敬できる立場に立たなければなりません。そのようにしなければ子女たちは従いません。
子女たちが自分の知っているみ旨と原理を中心として見るとき教会生活をするに当たって父母たちが本部で指示する原則を軽視してその指示に従って生活していないのに子女たちにだけ原理原則どおりに生活しなさいと言えば鼻で笑うというのです。(天一国経典『天聖経』第五篇第四章第三節5)
家庭で最も重要視することとは何でしょうか。霊界の内容の教訓とこの地上の真の父母様の教訓を徹底的に把握しなければなりません。それが霊界に塞がっている塀を越えて本然の解放の天国に向かっていける道になります。ですから訓読会をしなければなりません。(天一国経典『天聖経』第七篇第四章第三節24)

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