その喜びは一次的な喜びであって二次的な喜びではありません。神様も同じです。この世界をすべて復帰したとしても家庭のない神様は喜べないというのです。結局家庭がなければならないのです。(天一国経典「平和経」第四篇14)
宇宙の愛をすべて受けて全宇宙の中心的な存在として生まれたのが正に私です。愛によって生まれ、愛によって育てられ、愛によって生き、また愛を残すのが人生における最高の目的です。自分の家庭において宇宙の中心である愛の使命を果たすのが最も価値あることです。(天一国経典「平和経」第四篇14)
真の「私」と「私たち」
神様は人類の真の父母であられるがゆえに失った子女をそのままあきらめることはされません。愛なる神様であられるがゆえに御自分の子女を捜し出し再び懐に抱かなければならないのです。そうして太初に夢見た平和理想を実現されなければならないのです。
神様の願いは人類の真の父母になり「神様のもとの人類一家族」理想を実現することでした。「父なる神」だけでなく「母なる神」、すなわち「天の父母様」となり、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界が神様を父母として迎え、神個人、神家庭、神氏族、神民族、神国家、神世界になるように導くことでした。(真のお母様、「人類の涙をぬぐう平和の母」、四ページ)
神様を中心として真の愛の血統を受け継いでいたならば真の生命、真の血統と真の良心をもった真の「私」になったでしょう。堕落によって偽りの私になったので体と心が闘っているのです。
今や本然的アダム家庭の世界型版図に加入すべき時代に入ったので全世界の人々が家庭を中心として完成しなければなりません。完成すべきものは何でしょうか。堕落した家庭を蕩減復帰した家庭にしなければならないのですが、これは「世界平和統一家庭連合」を通して世界的に各自が努力して備えなければなりません。
完成はアダムとエバがしなければならないのです。神様がしてくれるのではありません。真の父母がしてくれるのではありません。これができることによって家庭連合が形成されるのです。これは世界的な組織です。
堕落した世界のアダムの血統を越えるのです。山を越え坂道を越えるように復帰過程を上がっていって失敗すればいつでもこれを繰り返すのです。何百万年、何千万年繰り返すのです。(天一国経典『天聖経』第十一篇第五章第二節253)
皆さんは取り戻すべき本然の自分を置いたままでは喜べない自らであることを知らなければなりません。悲しみに置かれている自らであることを知らなければならないのです。
しかし、ある世界を見て悲しく思うのではありません。悲しみや苦痛を感じるとしてもある相対的な世界で起こる悲しみや苦痛を感じるのではなく真の「私」を探せない悲しみ、真の私を探せない苦痛を感じなければなりません。世の中に悲しみと苦痛がたくさんあるとしても真の私を探せない悲しみと苦痛ほどひどい苦痛と悲しみはありません。
それでは創造主である神様は今まで誰を求め続けていらっしゃいますか。皆さん自体、すなわち私を訪ねてきていらっしゃいます。ですから真の私が完全に決定されなければなりません。
そうすることができないとき完全に一つの実体を中心とした真の家庭、真の家庭を中心とした社会、国家、さらには国家を単位とした世界、世界を単位とした天宙とは関係を結ぶことができません。
ですから完全な私になることがすべての段階の一番の基準になるのです。(天一国経典『天聖経』第八篇第一章第三節2)

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